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脳の中の絵本

疲れて動けなくなったときの症状記録。脳内妄想日記。

反省の無い反省文

文中にてOP := おっさん度ポイント, MP := 自尊心ポイント とする

これまでのあらすじ

少ない薬をやりくりして最終週を乗り切った。前日までに懸念事項だった一仕事を終えることができ、いくらか自己効力感の回復を得ていた。だが、心身は確実に疲れを訴えていた。

ご老人との邂逅・別れ - そして旅立ち

起床後、頭と体の重さに呻きながら歯を磨く。

「確か前回は予約に遅れて診療が後回しになり、次回予約も遅くなっていたはず。11時頃だろう」と記憶をほりおこす。*1

最寄りのバス停に向かい、時刻表を確認する。次のバスまで25分ある。どうしたものか。*2

見ると、横でご老人が一緒に時刻表と腕時計を見ながら考えているご様子。彼もどうしたら良いのか悩んでいるのだろう。横目で見ていると、彼は次のバス停方面へ歩き出したと見せかけ、引き返し始めた。

一瞬「何故だろう…」と思ったが、なんとなく想像がついた。ここから次のバス停方面に徒歩で向かうと、2kmほどコンビニが無い。無計画に歩き出すのは危険だ。一度自宅に戻るか、もしくは近くのコンビニで準備 (食料補給・トイレ等) を済ませてからにしようと判断されたのかもしれない。

全て自分の勝手な妄想に過ぎないが、自分は内心でそのご老人に尊敬の念を抱いた。

「私はすでに自宅で準備を終えております。体力に自信はございませんが、あなたよりは若い身です。先に、参ります」と心の中で大袈裟な一人芝居をし、心の中で別れの涙を流しながら次のバス停を目指し歩き始めた。札幌といえども、4月になって雪はすっかり解け、スニーカーで歩ける路面状況。問題は無いだろう。

体は筋肉痛を訴えていたが久しぶりに体を鍛えている感じがして、気分が良い。次のバス停、さらに次、と順調に歩いていく。この時点では (MP+10) 程度の貯金があった。

思慮不足と言い訳 - 「おっさん」の自我形成過程

病院までの道程も半ばを迎えたころ、突如目の前で目的地行きのバスに追い抜かれる。ショックで目を見開いた。(MP-2)

時刻を確認すると、まだ自宅最寄りのバス停にすら到着していないはず。どういうことだと思ったが、行先表示をよく見ると別路線。途中のバス停から合流したのだろう。しまった。そこに頭を巡らせていればバス停に着くたびに時刻表を確認して、別路線の合流に気づけたものを…。

「しかし、せっかく中間地点まで歩いて来れたというのに、結局同じ運賃を払って乗り直すのは気分が悪い」

「そもそも自分はバスになど乗る気は無かったのだ。今日は歩いていくと決めたのだ」

いくつか言い訳をひねり出す。断じて自身の無計画振りが招いた事態ではない。(OP+4) 崩れかけたメンタルを立て直して再度歩き始める。(MP+5) そうしてあれこれ言い訳を考えているうちに「あっ」と声が出た。当初乗る予定だったバスが目の前を通り過ぎて行った。(MP-3)

事ここに至ってしまっては、どうあっても「自分は初めからバスに乗る気など無かったのだ」という筋を通さざるをえない。(OP+2)

「こうやって人は撤退のタイミングや舵取りを誤るのだなあ」とやたら大きな話に持って行ってあたかも自分が大きな問題にぶつかっていた感を出そうとする。(OP+2)

思い通りに事が運ばなかったからといって意固地になってなんやかやと言い訳をしていると碌なことが無い…と落胆しつつ、世の中のいわゆる「おっさん」の自我形成はこうやって進むのではないかと想像する。

例えば、いくら札幌とはいえ4月になって暖かくなってきたというのにダウンやカイロを手離さない真冬対応で、いささか暑い。それは自分が極度に寒がりなことやすぐ腹を下すことへの配慮なのだが、さすがにやりすぎたかと後悔していると、やはり時々強い風に煽られる。そうなると一転、「備えあれば憂いなし!」と得意げになる。(OP+1)

また、そのあたりの建物や柱の老朽化ぶりに目をやっては「こうした住環境のカイゼンも予算や発注先等いろいろ難しい問題があるのだろう」と訳知り顔をする。すなわち「俺は現役だぞ!」アピールである。(OP+5)

「おっさん」も物語の中の登場人物であれば、何かと可愛げがある。が、リアルにいられると迷惑である。しかしそう結論付けるとすなわち自分の存在も迷惑なものになってしまうため、「物語のおっさんが可愛く見えるのもリアルおっさんの存在があってこそだ」などと考えてみる。(OP+5)

眉間に皺を寄せて頭を振り、これ以上姑息な言い訳ばかりしていると急速に進行するおっさん化に歯止めがかからないので早く薬を貰って休もう、と気持ちを新たにする。(OP-3, MP+3)

しかし、歩道橋の上で久方ぶりに女子高生なる生きものとすれ違い、「おっ」と思ってしまう。(OP+10, MP-5)

このあたりで大分「俺を殺してくれ」感が強くなってきた。病院に着くまでのメンタルをどうやって維持するか真剣に考えなければならなくなった。

冷静さを失う余り「汗顔の至りにて、恐縮至極に存じ奉ります」とか呟いてみる。奉らないでいいから早く病院へ行くべきだ。(MP-3)

「今日が無事に終わったら必ずブログに反省文を残そう」と考える。ブログに載せてしまえば全てはネタとして消化できる。精神の安定も得られよう。(MP+10)

病院到着

病院に到着したのは11:15だった。結局11:00を過ぎてしまった。「どうせ混んでいるから待たされるだろう」と考える。(OP+2, MP-1)

ここで初めて診察券に書いてある予約時間を確認。11:30だった。なんと。運がよかった。(MP+5)

しかし、サイフをよく見ると500円しかない。自立支援医療適用でおそらく診察料は450円くらいなはずだけれど、ギリギリだ。予想外の出費にも耐えられない。そもそも診療をクリアできても薬代が払えない。(MP-2)

というか、自立支援医療受給者証がカバンに入っていない。いつもはカバンから出さないのだが、2月に更新手続きをした関係で部屋に置きっぱなしにしていたのだ。諦めて現金確保に向かわねばダメか。(MP-2)

近くにATMやコンビニは無い。来る途中にはあったのに、ああだこうだと自意識の整合性を取るのに無駄に忙しくて目に入らなかった。(MP-4)

結局少し戻ってコンビニATMから出金してくる。残高2万円。次の給料日まではもつだろうが、金の無さにメンタルを削られる (MP-10)

病院に戻ってくると11:40。少し遅れたが、予想通り混んでいたので1時間ほど待合室で読書や柔軟。体が重い。

診療内容
  • 月の前半で、フルニトラゼパムエチゾラムゾルピデムをかなり使い込んでしまい、後半はかなり節約する必要があった
  • 原因としては、年度末の関係で仕事が難しかった事、また「家に帰れば睡眠薬がある」という安心感から「日中はどれだけ疲れても大丈夫」と、セーブしない働き方をしていた事
  • 疲れている日はゾルピデムを20時くらいに飲むことがあったが、まだ緊張が残っている状態で飲んでも落ちてくれないため、23:00-0:00くらいに飲んですぐ寝るのが最適だと感じた
  • フルニトラゼパムエチゾラムはかなり耐性がついてきた
  • 時々前向性健忘が起こる (朝起床すると、覚えの無いSNS投稿や、食べたはずのない弁当の空き箱があったりする) → ゾルピデムの副作用によるもの
総合結果

OP: 28ポイント
MP: 1ポイント
(なんだかんだATMの残高が一番ダメージが大きかった)

道中いろいろ悩んだが、結局のところ「病院まで歩けた」という充実感で全て上書きされてしまった感がある。来月の通院日にはきっと忘れているだろう。

帰りはエチゾラムをポテトチップスのようにポリポリしながら心安らかに歩いた。

*1:ここで診察券を確認するべきだった

*2:バス停の時刻表のページをEverNoteに入れておこう